……聞いた話です。確かかどうかは、わたくしにも分かりかねますけれど。
宇田川町に、かつて松の木があったそうです。
北谷稲荷の、ちょうど参道の脇のあたり、と聞いております。昭和のはじめ頃には、もうそこにあったのだとか。枝ぶりが見事で、遠くからでも目を引くほどの大きな木だったと。ただ、その木の下に立つと、どういうわけか、真夏の盛りでも、ひやりとした空気が足元から這い上がってくるような感覚があったそうです。肌に触れる、というより、肌の内側を撫でるような冷たさ、と言った方が近いかもしれません。
「人喰い松」という名で、土地の者たちは呼んでいたのだそうです。
なぜそう呼ばれるようになったのか、はっきりとしたことは誰も言わないのですけれど、ずいぶん古くから、その松の根元に近づいた者が、気づいたら日が暮れていた、とか、帰り道が分からなくなった、とか、そういった話は絶えなかったようで。ただ、みなそれを、大声では語らなかったと聞きます。
区画整理が入ったのは、昭和の中頃だったとか。
伐採の話が決まったとき、作業を請け負った職人が何人かいたそうです。最初の日、のこぎりを松の幹に当てた男が、その夜に突然、激しい腹痛を起こして倒れたと。次の日に代わりに入った別の男は、足場から落ちて腕を折った。風はなかったのに、と後でその場にいた者が言ったそうです。風が、なかったのに、枝が鳴ったと。
ぎし、と。
一度だけ、低く。
その音を聞いた途端、足場の男は手を滑らせたのだそうです。
何人目かに現場を引き受けた男の話が、わたくしは一番気になっております。その方は、作業の前日の夜に、夢を見たと言っていたそうで。暗い場所に立っていたら、頭の上から無数の細い枝が降りてきて、自分の首や腕にするりと絡みついた、と。夢の中でその枝は温かかったそうです。木の枝なのに、生き物の体温のような、ぬるい温かさがあったと言っていたとか。
目が覚めたとき、首に細かい擦り傷が幾筋もついていたそうです。
その方は、作業には加わらなかったと聞いています。
最終的に松は伐られたそうです。ただ、伐採した後、根を掘り起こした場所から、何かが出てきたという話もあって……何が出たのか、それはよく分からないのですけれど、その日の作業を終えた者たちが、誰一人、翌朝まで口を利かなかったと聞きます。何を見たのか、誰も言わなかったと。
松は別の場所へ移されたそうですが、ほどなく枯れてしまったとか。
その後、弁財天と龍神の祠が北谷稲荷の境内に設けられたと聞きます。祟りを鎮めるため、と言う方もいれば、詫びるため、と言う方もいるようで。
今でも、あの辺りを夜に通ると、風もないのに首の後ろが冷えることがある、と言う方がいるそうです。
ただ……わたくしが気になるのは、その擦り傷の話でして。
あの松に絡まれた夢を見た、と言った方が、晩年に何度も同じ夢を見ていたそうなのです。ただ、最後の方はもう、首や腕ではなく、もっと深いところを、枝が探っていたと言っていたとか。
どこを探していたのかは、聞いた方も、そこから先は教えてくれなかったと……。
……確かめようのない話ですけれど、そう聞いております。