午前二時十七分の欠落
※ 창작 픽션. 지도의 소문과는 별개입니다.

総務課の俺の仕事のひとつに、防犯カメラの録画チェックがある。深夜のオフィスビルで不審なことがなかったか、朝いちばんに早送りで確認するだけの、退屈で形式的な作業だ。十二台のカメラ、十二の見慣れた廊下と階段、誰もいない無人の通路。最初にそれに気づいたのは、ほんの偶然だった。
第七カメラ、三階非常階段の踊り場。早送りの最中、タイムスタンプが午前二時十七分を示すあたりで、画面の一隅に何かが「ある」ような気がして、俺は手を止めた。巻き戻して、その一コマで静止させる。一秒間に三十コマある映像のうち、たった一コマ。そこに、何かが映っていた。
それを言葉にするのは難しい。中心はあるのに輪郭がない、と言えばいいのか。視界の真ん中に置いているのに、見ようとすると視線が滑って外れていく。色はないが暗くもない。大きさを問われても、近いとも遠いとも答えられない。脳が「これは何だ」と問いかけた瞬間、答えの手前で思考が空転して、ただ寒気だけが残る。俺は十秒ほどそれを見つめてから、馬鹿馬鹿しくなってウィンドウを閉じた。圧縮ノイズか、虫が一匹レンズの前を横切っただけだろう、と。

翌朝、何の気なしに第七カメラの二時十七分を確認した。あった。前日とまったく同じ場所、同じコマに、同じ「それ」が映っていた。虫なら同じ位置に来るはずがない。ノイズなら毎日同じ形にはならない――いや、それは形ですらなかったが。俺は念のため前後のコマを一つずつ送ってみた。二時十六分五十九秒、何もない。二時十七分の最初のコマ、ある。その次のコマ、もう何もない。たった三十分の一秒、世界に裂け目が入って、また閉じるみたいに。
最初の一週間、俺はそれを誰にも言わなかった。言えるわけがない。「踊り場のカメラに変なものが映ってるんですよ」「変なものって?」「それが、説明できないんです」――頭のおかしい奴だと思われるのがオチだ。代わりに俺は毎朝その一コマを確認した。確認するたびに、いつもそこにいた。だんだん俺は、出社して真っ先に第七カメラを開くようになった。それを見ないと一日が始まらない、という奇妙な強迫が芽生えていた。
異変は、俺の側に起きはじめた。ある朝、いつものように二時十七分のコマを見つめていたら、画面の「それ」が映る場所の、ちょうど反対側の隅に、見覚えのない非常用ホースの収納箱が映っていた。実物を確認しに三階へ上がると、そんな箱はどこにもなかった。壁には設置の跡すらない。なのに録画にだけ、それは何日も前から映っていた。記憶を辿っても、その箱が「いつからなかったか」を思い出せない。あったような気もする。なかったような気もする。境目が、柔らかいゼリーみたいに溶けていた。
俺はそれを見すぎたのだと、今ならわかる。あの一コマを凝視するという行為が、向こうから俺を凝視し返す回路を開いてしまったのだ。見るという行為には、いつも双方向の橋が架かる。俺は毎朝、自分の認識のすべてを使ってそれを捉えようとし、捉えられないことに脳をすり減らし、そのすり減った隙間から、向こうの理屈がしみ込んできた。世界の縁が、少しずつ書き換わりはじめた。

同僚の田所さんの名前が思い出せなくなったのは、その頃だ。隣の席で五年一緒に働いてきた人なのに、ある朝ふと、彼の顔と名前が一致しなくなった。彼が席を立った隙に名簿を確認すると、確かに「田所」とある。なのに、その文字を見ても、誰のことなのか像が結ばない。輪郭がない。見ようとすると視線が滑る――あの一コマの「それ」と、まったく同じ手触りで。俺はようやく怖くなって、その日は録画を見なかった。見ないと決めた。
見ないでいると、今度は二時十七分のことばかり考えてしまう。仕事中も、帰りの電車でも、布団の中でも、まぶたの裏にあの捉えられない何かが浮かぶ。見ないことが、見るより強い接続になっていた。三日目の夜、俺は自宅のソファで、ふと自分の部屋の隅を見た。テレビの横、本棚との間の暗がり。そこに、ある。形のない、輪郭のない、見ようとすると滑るもの。カメラの中だけにいたはずのそれが、いつのまにか、俺の生活時間のなかへ染み出してきていた。時計を見た。午前二時十七分だった。
俺は会社に行くのをやめ、有給を使い切り、それでも怖くて、結局ある朝、誰もいない時間を選んで出社した。確かめずにはいられなかったのだ。録画を開く。第七カメラ。二時十七分。――そこに映っていたのは、踊り場に立つ俺自身だった。俺は出社していない。あの時間、俺は自宅のソファにいた。なのに録画の中の俺は、カメラを、つまりこちら側を、まっすぐ見上げていた。そしてその俺の顔のあるべき場所が、見ようとすると視線の滑る、あの捉えられないものになっていた。

俺はもう、自分の顔を鏡で正面から見られない。見ようとすると外れる。妻が――いや、妻はいただろうか。家族がいたような気もするし、最初から一人だった気もする。世界は欠けたところから順に、あの柔らかいゼリーで埋め戻されていく。埋め戻されたものは、欠けていたことすら思い出せない。だから本当はもう、ずいぶん多くが書き換わっているのだろう。俺がそれに気づけないように、丁寧に、毎日一コマずつ。
これを書いている今も、部屋の隅にそれがいる。もう怖くない。見ようとしなければ、ただそこにある気配としては、案外おだやかなものだ。きっと最初から、こうやって世界の縁にはいくつもの裂け目があって、誰も二時十七分の一コマなんて確認しないから、気づかれずに済んでいただけなのだ。俺はたまたま、毎朝それを開く仕事をしていた。それだけのことで、橋が架かってしまった。
もし君の職場や家に防犯カメラがあるなら、ひとつ忠告しておく。毎日同じ時刻の同じ一コマを、何日も続けて見つめてはいけない。見えないものを見ようと脳を酷使してはいけない。捉えられないものを捉えようとした瞬間、向こうもまた、君という「捉えにくいもの」の輪郭を、ゆっくりと撫ではじめる。――ところで、これを読んでいる君は、いったい誰だっただろう。さっきまで覚えていた気がするのに。視線が、滑る。