聞いた話なんですが、まあ、確かなことは言えません。
池袋のサンシャイン60、あのビルが建っている場所、ご存知ですか。あの、六十階建ての、遠くからでも見える、あのビルです。
あそこはかつて……巣鴨プリズンと呼ばれた刑務所があった場所だ、と。そういう話が、まあ、まことしやかに囁かれています。戦後、A級戦犯が収容されて、処刑も、そこで行われた、と。
そういう土地の上に、今はあのビルが建っている。
知人の話なんですが、その人の友人に、サンシャイン60で夜間警備をしていた男がいたそうです。二十代の、ごく普通の若い男で、夜中の見回りを、まあ、日課にしていた。
ある夜のことです。
深夜二時を回った頃、その男が、確か三十何階かの廊下を歩いていたと。外は雨で、窓ガラスを叩く音だけが聞こえていた。ビルの中はもう誰もいない。そういう時間帯です。
廊下の先、突き当たりのところに、人が立っていたそうです。
最初は清掃の人間かと思った。でも……おかしい。この時間に清掃は入らない。男は足を止めて、目を凝らしたそうです。
立っているのは、軍服を着た男でした。
旧日本軍の、あの、カーキ色の。ちゃんと帽子まで被っていた。ただ……立っているだけで、こちらを向いているのかどうかも分からない。動かない。ただ、そこに、在る。
警備員の男は声をかけようとして、やめたそうです。
なぜかと聞いたら、「靴音がしなかった」と言ったそうで。自分が歩けばリノリウムの床に靴音が響く。でも、その人影は、最初からそこに立っていたはずなのに、一度も音がしなかった。
そのまま、ゆっくり近づいていったら、消えていた。
ただ、その場所の空気だけが、妙に冷たかったと。真夏の夜で、ビルの空調が効いているにしても、おかしいくらい冷たかった。それだけが、確かに残っていたと言うんです。
その男、しばらくしてその仕事を辞めたそうで、理由は話さなかったって聞きました。
もうひとつ、これも人から聞いた話ですが。
ビルに隣接している東池袋中央公園、あそこに慰霊碑があるのはご存知ですか。ひっそりと建っています。昼間に見ると、ただの石です。
でも深夜、ある男がその慰霊碑の前を通り過ぎようとしたとき、ふと、背後が気になって振り返ったそうです。
碑の前に、誰かが座っていた。
うずくまるように、小さく。人間の形をしているのに、なぜか頭がない。いや、頭がないのではなく……下を向いているのか、前に垂れているのか、とにかく顔が見えない。ただ、肩が震えていた。声もなく、ひたすら、震えていた。
男は走って逃げたそうです。
あとになって、その話を知人にしたら、「ああ、あそこでそういう話、よく聞くよ」と、当然のように言われたと。
風水でその地の霊を封じるようにビルが設計されているという話も、まあ、都市伝説の類かもしれません。でも、設計がどうあれ、封じられないものは封じられない、ということなのかもしれない。
処刑された人たちが、まだそこにいる。帰る場所も、理由も与えられないまま、あの慰霊碑の前でずっと、震えている。
そういう話です。