……お聞きになりますか。
これは、確かめたわけではございません。ただ、この半島に長く仕えておりますと、時おり、山から下りてきた方が、震えた声で話してくださることがあるのです。それをそのまま、お伝えするだけでございます。
国東の山の奥に、地図に載っておらぬ集落があると聞きます。「石仏の村」と、一部の古い人たちはそう呼んでいるそうで。どのあたりかと問われても、はっきり答えられる方はいないそうです。ただ、六郷満山の古道を外れ、杉の根が道を塞ぐあたりまで分け入ると、石段の残骸のようなものが続いていて、その先に集落の気配があるとか。
三年ほど前のことだと聞きました。山歩きを趣味にしている、四十がらみの男性が、秋の終わりに一人でその辺りに入ったそうです。午後に入山して、日が暮れても道が見つからず、戻れなくなってしまったと。
夜の山というものは、ご存知の通り、昼とはまるで別の場所になります。懐中電灯の灯りが、木々の間でやけに小さく見えて、足元の落ち葉を踏む音だけが異様に大きく聞こえる。その方も、不安をこらえながら歩いていたそうです。
そのとき、鼻をついたのが、線香でも腐葉土でもない、石の匂いだったと言います。雨の後に岩場で嗅ぐような、冷たくて鉄気のある、あの匂いが、風もないのにふっと漂ってきたと。
おかしいと思いながら歩を進めると、開けた場所に出た。月明かりの中に、ぽつり、ぽつりと石仏が並んでいる。よくある磨崖仏のような、丸みを帯びた古い石仏が、十体ほど。国東には珍しくもない光景のはずなのに、その夜はなぜか、脚が止まってしまったそうです。
石仏の前で立ち尽くしていると、その中の一体が、ほんの少し、首を傾けた。
そう聞かせてくれた方は、そこで声が出なくなったそうです。しばらく間を置いてから、「傾けた、と思った」と言い直しました。夜目の錯覚かもしれない、と。でも、続けてこうおっしゃいました。
その石仏の顔が、こちらを向いていた、と。
さっきまで前を向いていたはずなのに、自分のほうへ、顔だけが向いていた。目が合いそうになって、反射的に目を逸らしたと。そのまま走って、どれほど走ったかわからないが、気づいたら舗装路に出ていたそうです。
後になって、その方の右手の甲に、灰色の斑が出たと聞きました。皮膚科では原因不明と言われたとか。本人は「日焼けだろう」と笑っていたそうですが……それを話してくれた方も、確かめる気にはなれなかったと言っておりました。
古い記録には、このあたりに「念仏衆」と呼ばれる人々が住んでいたと、うっすら残っているそうです。修行のために山に籠り、仏と一体になることを願った人々が。どうなったかは、書かれていない。
ただ、こういうことを、古くからここに住む方が言っていたそうです。
石仏は、もとから石だったわけではない、と。
……あまり山の奥へは、お入りにならないほうがよろしいかと存じます。特に夜は。
もし、道で石仏にお会いになっても、目だけは、合わせませんように。