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青木ヶ原樹海

あおきがはらじゅかい

羅針盤は狂い、足跡は消え、帰り道だけが存在しない。

富士山の北西に横たわる青木ヶ原は、今からおよそ千二百年前、貞観六年(864年)の大噴火によって生まれた。噴き出した溶岩は剗の海(せのうみ)と呼ばれた広大な湖を飲み込み、その上に針葉樹の原始林をゆっくりと育てた。森は若い。されど、その根の下には今なお黒い溶岩が眠り、無数の洞穴が暗闇を保っている。

樹冠は風に揺れると遠く海原の波に見えるという。「樹海」という名はその眺望から来ているとも言われるが、内側に踏み込んだ者には、緑の波濤に溺れていく感覚として伝わる。溶岩質の地盤に含まれる鉄分が磁針を惑わせるという噂は根強く、方角を失った旅人の話は今も絶えない。

森の中には溶岩洞が点在する。富岳風穴、鳴沢氷穴、西湖蝙蝠穴——公開されているものだけでもそれだけある。しかし地図に載らない空洞もあると地元では囁かれ、そこへ続く踏み跡を見かけても、追ってはならないと言い伝えられている。

石塁の遺構が発見されており、「人為的攪乱を受けていない原生林」という定説に静かな疑問符を投げかける。誰が何のために石を積んだのか、記録はない。溶岩の上に刻まれた人の営みは、森が静かに覆い隠してきた。

今日も遊歩道が整備され、観光客が訪れ、ガイドが案内する。それでも、道を外れた先の静寂は格別に深い。枝の間から差し込む光は均一で、時間の感覚が薄れ、どの木も同じ顔をしている——そう気づいたとき、足はすでに止まっている。

深緑の迷宮、静寂、溶岩の記憶、磁気の狂い、閉塞 樹海富士山山梨県溶岩地帯方向感覚喪失洞穴原始林怪談名所
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出典: 青木ヶ原 — ウィキペディア(ja.wikipedia.org)。 当サイトが翻案・再構成。ライセンス CC BY-SA 4.0.