
垢嘗
あかなめ
風呂場を磨き忘れた夜、濡れた石畳に細長い舌の跡が残っていたという。
陰気と塵芥が長い年月をかけて凝り固まった果て、おのずと生じる存在がある。垢嘗とはその類——古びた風呂屋や荒廃した屋敷の湿った闇から、汚穢の「気」そのものが形を結んだものと伝わる。魚が水を飲み、シラミが垢の中に湧くように、この者もまた己が生まれた場所の産物を喰らう。
安永五年(1776年)、鳥山石燕の筆が初めてその姿を紙に定着させた。ざんぎり頭の童子めいた体躯に、足の指は鉤爪。そして何より目を引くのは、闇へと垂れ下がる異様に長い舌である。解説の文字は一切なく、ただその絵だけが後世へと問いを投げかけた。
元禄年間の怪談集『古今百物語評判』には「垢ねぶり」として記録が残る。石燕の絵より九十年も早い証言だ。古い湯屋に棲む化物であり、人が寝静まった夜更けにひそりと忍び込み、浴槽や壁に積もった垢を音もなく舐め取っていくという。
一方、別の写本には凄惨な異伝も潜む。播州の温泉に通い詰めた男が、嬰児の目をした美しい女に誘われ、気づけば骨と皮だけになって発見されたと。垢を舐めるだけの無害な怪異が、なぜそこまで変貌するのか——語り継ぐ者たちも、その理由を明かさないまま口を閉じる。
「垢」とはただの汚れではない。心に溜まった煩悩や穢れの比喩でもある、と古人は考えた。身を清めることを怠れば、内なる穢れもまた積もっていく。垢嘗が訪れるのは、汚れた浴槽だけではないのかもしれない。
今もこの噂は細々と息づいている。掃除を怠った浴室の鏡が曇りっぱなしのとき、床の隅に細い筋が走っているとき——それが水の流れた跡なのか、あるいは別の何かが這った跡なのか、確かめようとする者は少ない。
出典: 垢嘗 — ウィキペディア(ja.wikipedia.org)。 当サイトが翻案・再構成。ライセンス CC BY-SA 4.0.