
명두(멩두)
それは道具ではない――死んだ心房(シムバン)たちが、真鍮の中で息を潜めて待ち続けるものだ。
済州のクッパン(祭祀の場)の只中、心房の手の中で神刀(シンカル)の一対が震える。鈴が鳴り響き、算板(サンパン)の上に占いの卦が散らばる。この三つの真鍮製祭具の束を、멩두(メンドゥ)と呼ぶ。陸地の巫具とは異なり、済州においてのみ、これは単なる儀礼の道具ではなく、それ自体が崇拝の対象となっている。
멩두の由来は、初公本解き(チョゴンボンプリ)に根ざしている。この世で最初にクッを執り行った三柱の神、すなわち멩두三兄弟こそが、これらの祭具の本来の持ち主であったと伝えられる。神刀の形、鈴の重さ、算板の目盛りの一つひとつに、その神々の奇跡的な誕生と生の起伏が刻み込まれているという。それゆえ心房たちは、初公本解きについて問われると、ただこう答えるだけだ。「そうであったからだ」と。
멩두を真に恐ろしいものたらしめるのは、その内に宿る存在たちである。一組の멩두を手にしたすべての心房の魂が、その真鍮の中に留まり続けると信じられている。彼らを「멩두祖先」と呼ぶ。儀礼の最中、祖先たちは現在の所有者の傍らに立ち、神の意志が乱れぬよう見えざる手で支え続けるという。所有者が死ねば、その者もまた멩두の中へと染み込み、次なる心房を待つ。
멩두はみだりに作られるものではない。定められた系譜に沿って受け継がれ、新たな所有者は멩두祖先たちへ定期的に祭りを捧げなければならない。この務めを怠れば、祖先たちが不快の念を示すという言い伝えが今も漂っている――占いの卦が外れ、鈴の音がひとりでに止まり、心房の夢の中に見知らぬ老人が現れて手を差し伸べる、というかたちで。
今日、済州の伝統宗教の命脈が細くなるにつれ、正しく伝授を受けていない者が自ら멩두を鋳造する例が増えている。古くからの心房たちはそのような祭具を「空の器」と蔑んで呼ぶ。祖先がいないのだから、その中で息を潜める者など誰もいない、というのだ。しかし時として、その空の器にも何かが先に入り込んで居座るという噂が、いまだ消えることなく、済州のどこかを漂い続けている。
出典: 명두 — ウィキペディア(ko.wikipedia.org)。 当サイトが翻案・再構成。ライセンス CC BY-SA 4.0.