ツチノコ(槌の子)
つちのこ
転がる音がしたら、決して坂の下を見てはならない。
横槌を思わせる異様に膨れた胴、まばたきする瞼、「チー」と細く鳴く喉——普通の蛇が持つはずのないものを、この生き物は持っている。岐阜の縄文遺跡から出土した石器にも、長野の土器の縁にも、その輪郭に酷似した形が刻まれており、人がこの影を恐れた記憶は、文字よりはるかに古い。
奈良時代の『古事記』には「野椎(のつち)」として野の神が記され、1712年の『和漢三才図会』は「野槌蛇」と名付けてその恐ろしさを克明に綴った——口は大きく人の脚を噛む、坂を下れば甚だ速く人を追う、と。逃げるなら高みへ。登りだけは、なぜか極めて遅いとされる。
全国で約四十の呼び名が伝わる。東北では「バチヘビ」、各地で「ノヅチ」「タテクリカエシ」「土転び」——名前の数だけ、目撃した者がいたということだ。尾を口にくわえ輪になって転がる姿、シャクトリムシのように屈伸しながら進む様は、知っている者の証言にだけ、繰り返し現れる。
好むものが奇妙に具体的である。日本酒、スルメ、味噌、そして人の頭髪を焦がした臭い。罠を仕掛けるなら这の四つを使えと、山の古老は言ったという。猛毒を持つとも伝わるが、噛まれた者の話は、なぜかいつも途切れている。
噂は今も山間の集落に漂う。懸賞金を掲げた自治体があり、持ち込まれた「証拠」は毎回別の生き物と判明し、それでも次の目撃談が絶えない。見間違いにしては、あまりにも細部が一致しすぎる。
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出典: ツチノコ — ウィキペディア(ja.wikipedia.org)。 当サイトが翻案・再構成。ライセンス CC BY-SA 4.0.