
コックリさん(狐狗狸さん)
こっくりさん
硬貨はひとりでに滑る――呼んだのは霊か、それとも呼んだ者自身の深部か。
十九世紀末、伊豆の浜辺に漂着した異国の船員が奇妙な遊びを持ち込んだという。西洋では「テーブル・ターニング」と呼ばれ、複数の手が卓上に重なれば、やがて机そのものが意志を持つように傾く――そう信じられていた降霊の作法である。日本にはテーブルが乏しかったため、お櫃を三本の竹で支えた粗末な代替品が用いられた。その器がこっくり、こっくりと揺れる様が、やがて名前となった。
港から港へ伝播する中で、儀式は土着の霊観念と融合した。「狐狗狸」という字が充てられたのは、狐・狗・狸という三つの変化の獣が召喚に応じると見なされたためである。五十音と数字、そして鳥居を記した紙の上に硬貨を置き、参加者が指先を揃えて「コックリさん、おいでください」と唱える――その形式が定まったのがいつかは定かでない。
科学はこれをオートマティスム、すなわち意識の関与なく身体が動く現象と説明する。しかし呼んだ後に「お帰りください」と告げずに中断した者が、その夜から指先の感覚を失ったという話は、各地の学校の怪談に今も根を張っている。帰還の作法を欠いた硬貨は、盤上に残されたまま翌朝も冷たく輝いていたと伝わる。
一九七〇年代、ある漫画の誌面でこの儀式が詳細に描かれると、中学校の教室で流行が再燃した。教師たちが禁じれば禁じるほど、放課後の教室の隅で紙は広げられた。禁忌は伝播の燃料になる。
呼ばれる存在が狐の霊なのか、あるいは参加者自身の無意識の集合なのか、問いは今も宙吊りのままだ。硬貨が示す文字列に意味を読もうとする人間の性質そのものが、この儀式の最も古い謎かもしれない。
出典: コックリさん — ウィキペディア(ja.wikipedia.org)。 当サイトが翻案・再構成。ライセンス CC BY-SA 4.0.