はい、一つ聞いていただけますか。
島根の、出雲大社からさらに西へ……日御碕のほうへ向かう道があるんですが、その突端に近いあたりに、「かもめ荘」っていう廃旅館があるらしいんですよ。
聞いた話なんで、確かなことは言えないんですけどね。
もともとは普通の宿だったらしいです。海が見えて、夕陽が綺麗な場所だったって言う人もいる。ただ、廃業してからずいぶん経つらしくて、今はもうすっかり廃墟になってる、と。島根でもちょっと名の知れた心霊スポットだって話です。
場所がね、また妙なんです。海に突き出た断崖の、ちょうど根元のあたりに建ってるらしくて。その下の海に、水死体が流れ着きやすいって噂があるんですよ。潮の流れがそういう具合になってるのかどうか、そこまでは知らないんですが……ともかく、そういう場所だって言われてる。地元の人は近づかないって話も聞きました。
何年か前に、霊能者の方が一度訪ねたことがあるらしいんです。かなり名の通った方だったらしいんですが、建物に入って少し経つと、急に顔色が変わって、ろくに除霊もできないまま引き返してきた、って。後から「あそこは多すぎる」って一言だけ言ったそうです。何が多すぎるのか、詳しくは語らなかったって聞いてます。
それだけでも十分な話なんですが、もう一つ、これが妙にひっかかるんですよ。
数年前に、若い男性が友人たちと肝試しでかもめ荘に入ったらしいんです。夜中の、一時か二時頃だったって言いますね。建物の中をひと通り歩き回って、敷地内に戻ってきたとき、地面に鎌が落ちてたんだそうです。古い、錆びた農鎌。誰かが置き忘れたのか、もとからあったのかわからないけど、その男性、なんとなく面白半分で持って帰っちゃったんですって。
友人たちは「やめとけ」って言ったらしいんですが、笑いながらトランクに放り込んで、そのまま帰ってきた。
次の朝のことです。
自分の頬に、痛みを感じて目が覚めたって言うんですよ。触ってみたら、ぬるっとした感触があって……血が出てた。枕にも、赤く滲んでた。鎌は、さっきまでトランクに入れてたはずなのに、枕元に置いてあったそうです。刃先が、頬のほうを向いた状態で。
傷は浅かったらしいです。命には別状なかった、って。ただ、傷跡は残ったって言ってましたね。一生消えない跡が、顔に。
その男性、今でも鏡を見るたびに思い出すんじゃないかなあ、と。
あと、地下室に「開かずの扉」があるって話もあります。かもめ荘の中で一番やばい場所だって言われてるらしいんですが、それが何なのかは……誰も中に入ってないから、わからないままなんだそうです。入った人間が、ちゃんと戻ってこないから。
確かめようがない、ってことなんでしょうね。
ただ、一つだけ妙なことがあって。かもめ荘に行ったことがある人が、口を揃えて言うことがあるらしいんです。建物の中にいると、どこからともなく、潮の匂いがする、って。
海に面した廃墟なんだから、当たり前だろうって思うでしょう。
でも、その匂いが、地下室の前でだけ、妙に濃くなるんだそうです。
海とは、反対側の壁なのに。