これはですね、知人から聞いた話でして、確かめようがないんですが、まあ、そういう話として聞いてください。
千駄ヶ谷のトンネル、ご存知ですか。渋谷区にある、わりと短い、ごく普通のトンネルなんですけど。車で通ると一分もかからない、そんな距離なんです。昼間に通れば何でもない。ただの暗いコンクリートの筒で、出口の光が見えて、それで終わり。でも、あそこにはずいぶん昔から、変な話が絶えないんだそうで。
トンネルの真上に、お寺があるらしいんですね。で、そのお寺の墓地の真下を掘り抜いて造ったと、そう言われているそうで。本当かどうかは、わからないんですが。まあ、それが本当なら、確かになんとなく、納得してしまうような話が続いているんです。
知人の友人、というか、そのまた知り合いの男性なんですが、仮にKさんとしておきますね。Kさんは都内に住んでいて、仕事帰りに車でそのトンネルを通ることが多かったらしい。深夜の一時、二時頃になることもよくあって、まあ、慣れた道だからと、特に気にしていなかったそうです。
ある夜のことです。日付までは聞いていないんですけど、梅雨の時期だったとか。じめじめと蒸し暑い夜で、Kさんは窓を少し開けて走っていたそうです。トンネルに入った途端、その生ぬるい外の空気がすっと変わって、ひんやりとした、なんというか、土の匂いがしたそうで。地面の下の、湿った土の匂い。ああ、今日は涼しいな、くらいに思っていたそうなんですが。
トンネルの中ほどまで来たとき、ふと、バックミラーが目に入ったらしいんです。後続車でも来たかな、と思って、なんとなく視線をやったら。
……逆さまの顔が、映っていたそうで。
女の人の顔なんですが、上下が逆なんです。顎が上にあって、髪が下に垂れている。天井にへばりついて、こちらを覗き込んでいるような格好で。目は、開いていたと言っていました。ぼんやりした暗がりの中で、目だけが、はっきり見えたと。
Kさんはとっさにアクセルを踏んで、そのままトンネルを抜けたそうです。出口に出て、街灯の下に止めて、震える手でもう一度バックミラーを見たら、何もいなかった。後部座席も、ガラスも、何もない。ただ、車内にあの土の匂いだけが、しばらく残っていたそうで。
それだけなら、見間違いかもしれない、疲れていたのかもしれない、そう思えたかもしれないんですが。
後日、Kさんが同僚にその話をしたら、同僚がすっと顔色を変えたそうです。「俺も見た」と。しかも、その同僚が見たのは、Kさんが経験した日と、同じ夜だったらしくて。
二人が見た時刻は、ほぼ同じだったそうです。
……あのトンネルの夜中に、車が一台も通らなくなる時間帯がある、なんて話も聞いたことがあります。何が通行を妨げているのか、それとも、何かが通るから車が来なくなるのか、そこまではわからないんですけどね。
ただひとつ、気になるのは。Kさん、あれ以来、バックミラーをあまり見なくなったそうです。どこを走っていても。なんとなく、怖くて。