……これはね、確かなことかどうかは申し上げられません。ただ、わたくしの耳にも入ってきた話ですから、静かにお伝えしておこうと思いまして。
長崎の野母町に、権現山というところがございます。東シナ海を見渡せる、それはそれは眺めのよい公園なのだと聞いております。晴れた日には水平線まで見通せて、遠く島影もぼんやり浮かぶとか。それだけ聞けば、清々しい場所のように思えるのですけれど……ここには少し、気になる話が伝わっているのだそうです。
公園の中に、「まごころの鐘」と呼ばれる鐘があるそうでして。世界平和を願って置かれたという、善い意図のものだと聞いております。昼間に行けば観光の方が鳴らして、その音が風に乗って海のほうへ流れていくのだと。そういう穏やかな場所のはずなのに……夜になると、少し話が変わってくるらしいのです。
これは、ある若い男性のことだと聞いた話なのですが。
何年か前の、秋の終わりごろのことだそうです。その方は友人数名と、夜中に権現山へ肝試しに出かけたと言うのですね。夜の公園というのは、昼間とはまるで別の場所のようで、街灯のぼんやりした光だけが地面に落ちていて、東シナ海からの潮風が、冷たく肌に張りついてくるような夜だったとか。
友人たちが先に戻ってしまって、その男性だけが一人、鐘のそばに残ったのだそうです。特に深い意味もなく、ただ試してみたくなったのだと、後にそう語ったと聞いております。丑三つ時を少し回ったころだったとか。
一回目。鐘の音は低く、しっかりとした響きで夜の空気を揺らした。 二回目。同じように、深く。 そして、三回目を打ったそのとき。
音が消えるより早く、足元から何かが、ぎゅっと裾を掴んだのだと言うのです。
ズボンの裾ではなく、素足のすぐ上、踝のあたりを、小さな、それでいてひどく力の強い手で、引っ張られるような感触があったと。振り返っても何もいない。足元を見ても、何もない。それなのに、その冷たさだけはしばらく消えなかったと、そう話していたと聞きました。
その夜は何事もなく家に帰ったそうなのですけれど……その後しばらくして、その方は交通事故に遭ったそうです。大きな怪我ではなかったようなのですが、ご本人は「あの鐘の夜から、何かがおかしかった」と言っていたとか。確かめようのないことですから、偶然だったのかもしれません。でも、ご本人はそう信じていたと聞いております。
地元の方はみなさん、夜中にあの鐘は鳴らすなと言うのだそうです。それも、三回以上は絶対に、と。理由を尋ねると、子どもの霊が寄ってくるから、とだけ答えるのだとか。それ以上は、あまり話してくれないと聞きました。
公園内には、古い電話ボックスもあるそうで、それもまた別の噂があるのですけれど……それはまた、別の機会にいたしましょう。
ひとつだけ、気になっていることがございます。あの鐘は、世界平和を願って置かれたものだと申しましたでしょう。善いものが、なぜそのような話と結びついているのか。わたくしには分かりかねます。
ただ、こういうことは往々にして、強く念じられた場所に、さまざまなものが引き寄せられてくるのだと、そのように感じることもあるのでございます。
……今夜も、潮風が吹いておりましょうか。あの山の上では。