ねえ、聞いてくれる?
出雲に、猪目洞窟っていう場所があるんだって。島根の、猪目町ってところ。海沿いの小さな漁村のはずれに、ぽっかりと口を開けてる洞窟。
確実なことは言えないんだけど……その洞窟、『出雲国風土記』にも名前が出てくるんだって。千年以上前の文書に。黄泉の坂、つまりあの世への入り口として。昔から、ずっと、そう呼ばれてきた場所らしいの。
聞いた話なんだけどね。
地元では昔から、こんな言い伝えがあるんだって。「猪目洞窟の夢を見た人は、死ぬ」って。
……ただの迷信、そう思うでしょ。でも、地元の人たちは本気で口にしないようにするらしいの。洞窟の話をしすぎると、夢に出てくるから、って。だから今わたしがこうして話しながら、少し、怖い。
去年だったか、一昨年だったか、はっきりはしないんだけど。ある女の人が、一人で行ったらしいの。観光、のつもりで。平日の昼間だったはずなのに、なぜか海から霧が上がってきて、洞窟の入り口のあたりがぼんやりと白くなってたって。
潮の匂い、だけじゃなかったって、後で言ってたんだけど。なんか……土の、古い土の匂いがしたって。湿った石と、もっと奥から来る何か、腐葉土とも違う、人の家の奥みたいな、そういう匂い。
洞窟の中はね、最初こそ外の光が届くんだけど、少し進むともう足元も見えなくなるくらい暗くなるらしいの。縄文時代の人骨や副葬品が出てきた場所でもあって、要するにずっと昔から、死んだ人を納めてきた場所なんだよね。
その女の人、スマートフォンのライトを頼りに少しだけ進んだんだって。ほんの少し、のつもりで。そしたら、足元の砂が、柔らかくなってきたって。ふかふかした感じで、なんかそれが嫌だったって言ってた。砂じゃなくて、もっと……細かい何かが積もってるみたいで。
引き返そうと思って振り返ったとき。
洞窟の入り口、白い霧の中に、人影が見えたんだって。
立ってる。ただ、立ってる。霧のせいで輪郭がぼやけてて、男か女かも、大人か子どもかも、わからない。でも確かに、こっちを向いてる、って思ったって。
声をかけようとした瞬間、影が、ゆっくりと、横に、ずれた。歩いたんじゃなくて、ずれた、って言い方をしてたんだって。足を動かさずに、ただ横にずれて、霧の中に消えた。
女の人はそのまま走って外に出たらしいんだけど、洞窟の外には誰もいなかったって。霧もすぐ晴れて、穏やかな昼間の海だけが広がってた。
それだけなら、まあ、見間違いかもしれない。
でもね、その夜。
彼女、夢を見たんだって。
内容は教えてくれなかったって、話してくれた人が言ってた。ただ、朝起きたら泣いてたって。自分でも気づかないうちに、泣いてたって。
その後どうなったか、は……確かめる方法がなくて。
出雲大社から見て鬼門の方角にある洞窟。黄泉への入り口。夢を見たら死ぬ、って言い伝え。
洞窟は今も、海沿いに口を開けて、待ってるらしいよ。
……あの、足元のふかふかした感触が、何なのかは、誰も説明してくれないんだけどね。